映画版グリーンホーネット

ブルース・リー作品

香港で少年期と青年期に出演した作品があります。いくつかは香港やアメリカなどでVCD、DVDがリリースされています。日本では2003年に"BRUCE LEE ULTIMATE COLLECTION -李小龍的追悼秘蔵収集- ブルース・リー アルティメット・コレクション"のタイトルで販売されました。

渡米前

  • 1941年(昭和16年)・・・『金門女』
  • 1948年(昭和23年)・・・『富貴浮雲』
  • 1949年(昭和24年)・・・『夢裡西施』
  • 1949年(昭和24年)・・・『樊梨花』
  • 1950年(昭和25年)・・・『花開蝶滿枝』
  • 1950年(昭和25年)・・・『細路祥』:日本題名『ドラゴン スモール・ブラザー』
  • 1950年(昭和25年)・・・『凌霄孤雁』
  • 1951年(昭和26年)・・・『人之初』
  • 1953年(昭和28年)・・・『苦海明燈』:日本題名『ドラゴン スパーク・オブ・ホープ』
  • 1953年(昭和28年)・・・『慈母涙』
  • 1953年(昭和28年)・・・『父之過』
  • 1953年(昭和28年)・・・『千萬人家』:日本題名『ドラゴン ミリアッド・ファミリー』
  • 1953年(昭和28年)・・・『危樓春暁』
  • 1954年(昭和29年)・・・『愛(下集)』
  • 1955年(昭和30年)・・・『孤星血涙』:日本題名『ドラゴン オーファン』
  • 1955年(昭和30年)・・・『守得雲開見月明』
  • 1955年(昭和30年)・・・『孤兒行』
  • 1955年(昭和30年)・・・『兒女債』
  • 1956年(昭和31年)・・・『詐癲納福』
  • 1956年(昭和31年)・・・『早知當初我唔嫁』
  • 1957年(昭和32年)・・・『雷雨』
  • 1957年(昭和32年)・・・『甜姐兒』
  • 1958年(昭和33年)・・・『人海孤鴻』

渡米後

1966年(昭和41年)〜1967年(昭和42年)・・・
TVシリーズ『グリーン・ホーネット』全26話に出演。助手「Kato」を演じました。毎週金曜日の午後7時半から8時に米ABC系で放映され、日本では1967年にテレビ放映されました。ブルース・リーの死後、3話ずつ繋ぎ合わせ『ブルース・リーのグリーン・ホーネット』『ブルース・リー in グリーン・ホーネット2 電光石火』として東宝東和より劇場公開されました。
1966年(昭和41年)~1967年(昭和42年)・・・
『バットマン』特別編など3エピソードにKato役でゲスト出演。
1967年(昭和42年)・・・
『鬼警部アイアンサイド』クンフー教師役で出演しています。
1968年(昭和43年)・・・
『ブロンディ』クンフー教師役で出演しています。
1968年(昭和43年)・・・
『略奪された百人の花嫁』"Marriage,Chinese Style"の回に中国人花婿役で出演しています。
1970年(昭和45年)~1971年(昭和46年)・・・
『復讐の鬼探偵ロングストリート』"The Way of The Intercepting Fist"、"Spell Legacy Like Death"、"Wednesday's Child"、" I See, Said The Blind Man"の4エピソードに出演しています。

映画

1969年(昭和44年)・・・
『かわいい女』 ウィンスロー・ウォン(中国人の殺し屋)

香港に帰国してから

映画

1971年(昭和46年)・・・
『ドラゴン危機一発』(原題:唐山大兄 THE BIG BOSS)1971年10月31日~11月22日3,197,416香港ドル、香港では『サウンド・オブ・ミュージック』や『残酷ドラゴン・血斗!竜門の宿』を破る最高記録になりました。日本では1974年(昭和49年)の洋画部門の興行収入第4位で6億円):役名 鄭潮安(チェン・チャオワン)
1971年(昭和46年)・・・
『ドラゴン怒りの鉄拳』(原題:精武門 FIST OF FURY)日本では1974年(昭和49年)洋画部門の興行収入第4位の6億円):役名 陳真(チェン・ジェン)
1972年(昭和47年)・・・
『ドラゴンへの道』(原題:猛龍過江 THE WAY OF THE DRAGON)役名: 唐龍(タン・ロン)
1973年(昭和48年)・・・
『燃えよドラゴン』(原題:ENTER THE DRAGON 龍争虎闘)日本では1974年(昭和49年)洋画部門の興行収入第2位で16億4200万円)役名: 李振強(リー)
1978年(昭和53年)・・・
『死亡遊戯』(原題:死亡遊戯 GAME OF DEATH)役名: 呂比利(ビリー・ロー)この映画を「リー主演映画」とすることには一部で異論があります。

短編フィルム

ブルース・リーの死後に、未公開映像として公開されたもの

テストフィルムなど

1966年(昭和41年)・・・
「チャーリー・チャンの息子」スクリーンテスト
1966年(昭和41年)・・・
「グリーン・ホーネット」スクリーンテストフィルム1&2
1966年(昭和41年)・・・
「グリーン・ホーネット」衣装テストフィルム(1966年)
1966年(昭和41年)・・・
「U.S. Gung Fu Television Demo」テレビ番組「Milton Berle Show」に出演した際の武術デモンストレーションです。
1971年(昭和46年)・・・
「Bruce Lee : The Lost Interview」カナダの作家ピエール・バートンが香港TVBスタジオでインタビューしたフィルムで、現存しているブルース・リー唯一のインタビュー映像です。
年代不明・・・
「アーナ・カプリフィルム」『燃えよドラゴン』で競演した女優のアーナ・カプリが個人撮影した8ミリフィルムです。イベントで公開されました。